徒然なる・・・

たわいのない日常雑記やらネタの下書き
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# ブログを考える
<------ 謝罪 ココから ------>

まずはのっけから謝罪を。
夕べ、憤りを抱えたまま勢いにまかせて書いた文章が、ジュゲムのサーバー障害と重なりまして。。。
なかなか直せず、茶ヤマのムカプン文章(うわぁ、サムイ…)が今朝方まで残っておりました。
お見苦しい点を放置してしまい、申し訳ありません。
ごめんちゃい。

<------ 謝罪 ココマデ ------>



で、今日の題名にあります「ブログを考える」
・・・ でも、愚痴というかグダグダなんですけどね。

さて、下にありますのは、日々是のネタにしようかと悩んでおります、数個のリンク。

書き続ける事で、読者を維持できるのか
親友へ。ブログを書こう。
ブログは個人メディアを超えられるか
ブログは3人に向かって書け。

んまぁ、これらの他にもいろいろあるのですけれども。

大前提として、何故、書くのか、がありますよね…。
薦められたから、というのはきっかけにしかすぎないもので。
自分自身の問題にかえってくる、と思うのですが。

私の場合、そこいらは
3年間私がサイトをやっていて得たものとは何だったのか?
で見た「私は唯の露出卿だったのです! 」という一点につきるかなぁ、と思っています。
(日々是の方ね)

で。
立ち返って、ブログを書き続けること、読者を得ようとすること、というのは、日々是において、今、もはやどうでもよくなってきていて、「更新さえすりゃ良いだろ?」みたいな投げやりな気持ちになっております。

何故なんですかね…。

自分自身の書いた物が面白いと思えないから。
ひきこもりで、ネットにおいても人との関わりを極力しないようにしているから(それでも仲良くしてくれる人たちに大感謝です)
人に伝えたい、という強い思いがないから。
…最後の↑これが真実なのかちら?

うん、なんでここに日記書いて、日々是で拾ってきたものの紹介や、変な会話文章書いてるんだろう、何の意味があるんだろう、と考えてしまったら、もうアウト。
文章露出スキーであっても、ふと考えてしまったらアウトなんでしょうなぁ。

書くことは好きだけれども、誰か(特定の友人ならびに、第三者というものを同時に念頭においての誰か)に向けての発信というのが自分には欠けているんだろうなぁ。と。

え?他の記事の紹介の意味あったのかって?
…それらの記事を読んで考えたってことで、総括させてください(笑)
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# 日々是との連動・・・
日々是で書いた、「私信の多いニュースサイト」の件。
(http://chayama.blog24.fc2.com/blog-entry-388.html
 自分のブログのリンクをはる悲しい作業がいやだったので、URLのみでwww)

ニュースサイトに関わらず、日記サイトでも言えることだと思う。
私の良く巡回する日記サイト…ネタテキスト系も絵日記系も含めて、私信がないところが多い。
私信じゃなく、名前やイニシャル使ってて、しっかりと内容に組み込まれている場合はあるけれど。

私信をしてもらえた場合、私としても確かに「かまってもらえた」感があって、嬉しいのだけれども…

毎回、毎回、どこかかしかに私信があって、それが大量だった場合には…。
うーん…何ていうのかな…

給油室の棚影で探し物をしている時に、OLさんの井戸端会議を、聞いてしまうような、というか…

人様の電話での会話を聞いてしまっているような、という方が正しいかな。
傍には会話の片方しか聞こえてこない、あの、えもいわれぬ不安感。

その「私信による、会話の片方しか聞こえてこない不安感」をネタにできないか、と日々是でウソ私信で更新をしてみようか、と思ったけれど、自分の力では無理だった。
作家の清水義範さんあたりなら、このやり方で楽しい文章を書いてくれそうだ。
というか、あの人ならば、既にやってるな、多分。

それはさておいて。

前に一度、web拍手の返事を(今のような別窓の掲示板ではなく)前のように日々是で書いてくれ、と要望があったのですが、その時にはちょっとだけ悩んだ。
あの拍手返事というものは、完全に私信。
でも、それだけでカテゴリ形成してみて、読みたくない人は、そこだけスクロールして飛ばせばよい、と前は思っていたから…。

しかし、ネタが思い浮かばなくて日々是を更新できないのに、拍手コメントをいただいていることなどもあり…。
それは私信だけでブログ更新することになる。
それは、偉そうな・生意気なことを言うけれど、「本意ではない」んです(苦笑)

だから、レンタル掲示板を借りて、サイドに貼り付けてみようとして、失敗して、変に縦長の返信用掲示板が一時期できていた(笑)
(今は幅広に直したけど)
けれども、返信を見るために別窓開くのは面倒だと思う。
人様のところでそうだった場合、自分なら、かなりの確率で返事のある別窓開かないと思う。
拍手ボタン押した後の別窓は平気なのにねぇ(笑)

他でよく見かけるように、反転文字にするとか、「続きを読む」機能を「拍手返事」機能として使用するとかにしようかなぁ…と思ってはいるのだけれども。
けれども、いずれにしても私信のみであっちのブログの更新はしたくないなぁ、と偉そうなことをまだ言っておく。

いや、それ以前に、うち、そんなにコメントもらってないって(笑)

そして、余所様のところでも一つ二つならば、全く気にならない、というのが私の考え。
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# かく・書く・・・描く・・・?(2
ということで、昨日の続き。

とある女性エッセイストが書いていたことだけれども。
「誰もあなたのことなんか知りたくないのだ」

…つまり、ただの一般人の日常など「どーだっていい」と言われているのである。
「ただの日常」に興味もたれるのは有名人。

それと。

ネタ(と言って良いものか…つまり、テーマ)のおもしろさと、文章力のある人。

なんともはや、耳が痛く、胸をえぐられる言葉であろうか。
しかし、確かにそのとおりだと言うしかない。
私の文章はどちらもない。
ヌルイのである。

ネタへの着眼も、文章力も、生まれ持ったものもあるし、努力次第で何とかなる部分もある。
書いて書いて書きなぐれば身につく部分もあるが、やはり良い文章を沢山読む、ということも大事になってくるのではなかろうか。


先日、web日記を読むため巡回していたらば、尊敬する文章を書く管理人さんの一人が、全く同じテーマで、内容も同じことを書いていらした。
その方は、よく読まれる文章を書く日記書き(若しくはエッセイスト)は、ネタ・文章力の他に、書き手本人の魅力も加わる、と書いておられた。

私の書くものは、どれ一つとして無い。
ネタも文章力もヌルイ。
そして、何より、自分で自身が嫌いなため、文章も嫌いだ、ときている。
ましてや人柄に魅力などあろうはずもなく…うにゅうにゅ。



では、私は何故、自分が嫌いであるのに、日記を書き公開し続け、平行してネタ系テキストブログも更新しようとしているのか。

web日記で、自分が苦手とするような文章や内容を見つけては読み、自分と照らし合わせて落ち込み、ますます自分を追い詰めてみてから改めて考えた。

答えはまるきりわからないが、おそらく、あこがれの文章に少しでも近いものが書ければ良い、とあがきたいから。
そして自分で「ああ、少しはあの文章に近づけただろうか」と思いたいから、なのかもしれない。

結局は自分主体?
うん、仕方ないか。
絵が描けない分、文章で表現したい・・・というのが、おそらく私の原点なんだろうな。
ま、うっかりこっきり、原点は忘れてしまいがちになっていますが(苦笑)

それにしても、向田邦子さんってのは、本当にすごい、と改めて本を読んで痛感した。
文章もさることながら、何でもないような事柄を、まるで大切な宝石を扱うが如くの視点で描かれていて、「これが天才ってやつ…なんだろうな」と思わざるを得ない。
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# かく・書く・・・描く・・・?(1
2/4の記事「書く・かく・・・カク?」 の続きのようで、まったく続いてはおりません。

憧れる文章を書く人、というのはおそらく多くの人に存在すると思う。
それがプロであれ、アマであれ、同人であれ、何であれ。
人、というか、憧れる文章と言った方が正しいかもしれない。

無論、自分にも存在する。
あまりにも多くいすぎる(ありすぎる)ので、一つ一つ列挙はいたしませんが…。

けれども、時折、どうしてもこの文章は好きになれない、というものにも遭遇する。

そんな時、何故、自分はこの文章を嫌うのか、と考えることが多い。
若い頃ならば、「何か、いやだ」とだけしか思わなかったのだけれども…。
これは年を取ったせいなのか、文章を書く、ということへの向上心の表れなのか。
おそらく前者だけれども。

それで、数年たった今、やっと気がついた一つのこと。
いろいろなweb日記を読んでいるときに、何故か好きになれそうにない文章(日記の文章、エッセイの文体)、それは自分に似ているものだ、ということ。

本当にこれに気がつくまで5年以上かかってます(苦笑)

書き方が似ているというか、言葉の選び方が似ているというか。
まぁ、苦手とする文章の全部がそうだ、というわけではなく。
苦手意識の要因の一つ、という意味で。

散々今までも書いてきましたが、私は自分が本当に大嫌いなのだ。
その嫌いの中に、自分の言葉遣い・言い方・態度も無論含まれている。
そんな大嫌いな自分と似たような文章が目の前にあったとしたらば、それは確かに、書いた人には申し訳ないが、嫌ってしまう一因であるな…と。
おそらく、書いている人は、私とは似ても似つかない人であり、私よりも出来た人間だと思うけれども…。

 ・・・・・・・・・・・・

題名に(1 とあるのは、収拾がつかなくなりそうだから、頭冷やして、また明日かあさってにでもまとめようと目論んでいる所為。
(↑ こういうところが嫌いなのよ)
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# 書く・かく・・・カク?
数日前のニュースだったと思うのですが、とある新聞記者がライバル誌(??)の記事を盗用したってのがありましたが…。

なんでも、自分の書いた文章よりも、表現が上手いから真似しちゃえ、みたいに思った、とかいうことでしたが(えぇ?そんな軽いノリだったか?)

まぁ、プロが黙ってやっちゃいかんことではありますが、文章書いてる人間にとって、これって…ちょっとだけわかりますよねぇ…。

プロ・アマ問わず、他人の文章読んだとき「…こんな表現方法あるんだー」とか「何!この簡潔ですっきりした言葉遣い!」とか…
「長い長い御託の並んだ説明文かと思ってたら、100ページまるまる、ここへの複線かい!!!!…(−−)」とか。
…いや、長い云々の文章は特定の作家を思い浮かべちゃいけませんよ。
浮かべちゃいかんって言ったらいかん!(笑)

そういうの、「ああー、真似してみてぇ…」って思うことあると思うんですよね…。
話作りも、もちろん参考にしなくてはならいのだけれども。
文体・文章だって真似したいってのあるですよね、私は。

自分の文章力の無さを深く深く感じてる時に、自分と同じ内容のことを、別の人は、とっても上手にまとめ上げている。
そんな時、「真似しちゃえー」って甘いささやきがあったのかなーと…。
だからって安易に盗用しちゃいかんだろうけどね。
盗用された方は、かなり気分悪いだろうし。
せめて、情景描写を参考に、とかくらいに…それもまんまパクリだったらダメだけどさ。

と、語りまくって…
えぇと…まとめ…は…。

自分の言葉で締められないから、夏目の「こころ」から引用で・・・。
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

Kは「馬鹿だ、僕は大馬鹿だ」と叫んだけれど、私はそれよりもさらに大マヌケなんだろうなぁ…。
…榎木津さんだったら「はっはっは、君は大マヌケなどではない。マヌケオロカクズだ、わかったかね」とか高笑いして言ってくれそうだな(笑)



追記は、上記とはまったく関係の無い……下らぬことなど…
続きを読む >>
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# 読書と言ってもピンキリよね
 あなたの読んでいるものはご飯ですか? それともお菓子ですか?
 質問が意味不明でしたか。つまりですね、あなたがいつも読んでいるものは、腹をみたすためのものですか。それとも嗜好品的な楽しみのものですか。


           山本文緒「ご飯とお菓子」 新潮社 「yom yom vol.1」所収

日ごろ、好んで読むのは、嗜好品的楽しみな、いわゆる「お菓子文学」。
けれども、見栄っ張りな私が、人前で取りたいと願うのは、腹を満たす「ご飯的な文学」、いわゆる純文学を好む姿。

読書は心を豊かにする、とかいうような言葉を、どこかで耳にしたり目にしたりしたのですが…
モノにもよるかなぁ…と近頃やっと思えてきた三十路過ぎの主婦。
いくらなんでも…電撃文庫とかファ見通文庫などの、ラノベばかりじゃ…イカンよね。
(あれらが悪いとは言わんが…な)
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# 日記・随筆・エッセー
久々に「考察」カテゴリーの日記。
早い話が、クダ巻き日記(笑)


「日記」と「随筆」と「エッセー」。
これらの明確な区分とは何だろう、と昨年の春頃から時々考えていました。
私の中で、曖昧ではありますが、この三つは違う物です。

日記は、自分の身の回りで起きた出来事を主観で描くもの。
随筆も、主観での思いを綴るものだけど、文豪とか言われる人が書くような、ちょいと文体や内容に高尚な雰囲気があるもの。
エッセーは、随筆に似ているけれど、もうちょっと軽い感じのもの。

と書いてみたのですが…、これもまた、違うんだよなぁ…。
自分の中にある、曖昧な区分を明確にしようとするのは難しいですな。

古典文学の中の日記は随筆に近い、いや、むしろ、随筆そのものと言えるのじゃないか、と思う。

・土佐日記(紀貫之)
・御堂関白記(藤原道長)
・明月記(藤原定家)
・蜻蛉日記(右大将道綱母)
・和泉式部日記(和泉式部)
・紫式部日記(紫式部)
・更級日記(菅原孝標女)
・うたたね(阿仏尼)
例で上げたものはごく一部だけど、これらは「日記文学」と区分はされている。
でも、十分、随筆という区分でも良いと思うんだけど…どうかにゃぁ。

…近代文学だと、永井荷風の「断腸亭日乗」なんかも、そう言える?
何故、人に尋ねるのか(笑)

で、これらの日記と、例えば、この「徒然なる…」は同列には並ばない。
並べることなど、おこがましすぎる!
しかし、このブログも、確かに日記であり…

日記とは、いかなるものなのだろうな。

と、哲学的っぽい呟きをしつつ。
時代が違うのだから(紙が高価であったことや、文字を書けるものが少なかったとか)比べても仕方がない、と自分でも思う。

で。
随筆というと…

・方丈記(鴨長明)
・徒然草(吉田兼好)
・玉勝間(本居宣長)
・折たく柴の記(新井白石)
くらいしか知らないや。不勉強だね(苦笑)

近代だと…
内田百里らいしか思いつかない。
って言うか、近代だと、みんな「エッセイスト」と呼ばれているしなぁ…。
あ、夏目漱石の一族の…夏目伸六さんは、肩書き「随筆家」という、正真正銘の随筆を書く人だ。

んまぁ、この人たちの書くモノは「日記」ではありませんよね…?
(自信が無い)
必ずしも、日々の出来事を綴るわけではなく。
ふと、思いついたこと、考えていた事などをまとめあげる?
…ああ、もう、自分、語彙が貧弱なのが身にしみるなぁ!

で。
エッセー。
これは、もう、エッセイストだけじゃなく、作家も書く。
研究者も書く。
漫画家も書く。
アナウンサーも書く。
俳優も書く。
アイドルも書く。
声優も書く。
ガチャ○ン・ム○クなんていう、キャラまで書く。
(・・・え?ガチャ○ン・ム○クには中の人がいないからキャラじゃないんですか?)
一般の会社員も書く。
主婦も書く。
ありとあらゆる人が書いている。

でも、日記…じゃないですよね。
随筆…というもの、何か違いますよね。


「あなたにとって、webで日記を公開する、ということにどんな意味がありますか」

一昨年、↑ こんな感じの質問が、数人の学生さんから寄せられたんですがね。
(レポート並びに、論文のため、らしいっす。
3月過ぎてから、各々の学生さんから、こんなまとめになりました、という報告もらいました。
怪しいものじゃなかったみたいです。研究熱心な子達でよかった。うん)

思えば、あの頃から、日記・随筆・エッセーって、どんな違いがあるんだろう。
と、折につけ考えていたのかもしれない。

そして、今日でも、まだ、その結論は出てない…
というか、出てるんだけれど。

書いた本人が「これは日記」と言えば日記。
「エッセー」と言えばエッセーになる。

そういうこと、なのだろうけれども、なんだかすっきりしないんですよ。

と長々とくだまいて、結局、何一つ解決してない(笑)
| comments(2) | trackbacks(3) |日記・随筆・エッセー | category: 考察 |
# つまりは、どうでもいいや、という結論
トラックバック機能。(以下、TBと表記)

ブログの機能の一つ。
私が、Aという本についての感想を書いたとすると、他のブログとかでも、似たような内容・記事・話題があった場合、私もこんな事書きましたよ〜、と相手方にお知らせ&リンクする。
もしくは余所様からの記事引用などをした時にも「使わせてもらいました」と挨拶代わりにリンクしたりする。

(説明が無茶苦茶でわかりにくにという点は、自覚もあるので大目にみてください)

…巷で色々な種類が出回っているバトン。
あれの、大元である「ミュージック・バトン」は、このTB機能を使って、バトンを渡したところ、もらったところなんかがリンク・リンクできていて、閲覧者も「ほほぉ、次はこのブログ(もしくは日記とか)に行くのか」なんて、渡り歩いていっていたように記憶してるんだけど…

私はTBはオープン機能にしている(ハズ)なのだけれども、自分ではあまり、この機能を使わない。
日々是で、よくあちらこちらからネタを拾ってきて貼ってはいるけれど、相手方にTB送ることをためらってしまう。

…じゃぁ、TB機能を使わず、機能自体を消してしまえば良いとは思うのだが、ひょっとしたら、ごく稀に、誰かが小さく共感してくれるかもしれないな、(日々是や徒然のどこに共感できる要素があると!?と自分でも思うが)と淡い思い、というか妄想を抱いてもいるので、やっぱり「受付拒否」や「機能削除」をしないままにしている。

せっかくの機能なんだから、活用しようかなぁ、とかは思うときもあるのだけれど…
映画の感想とか、本の感想とか書いたときなんかは、そう思うこともあるのだけれど…。
やっぱり何か気後れする。


自分の書いた記事ごときが、見知らぬ方のブログへ勝手に表示させてしまって良いものだろうか、という思いもあるし、それよりも、TBはスパムが多い所為かもしれない。

日々是なんか、メールフォームに拍手ボタンまで設置しているんだから、コメント欄なんかもいらないんじゃないか?と思いつつ、やっぱりそのまま機能させていたりもする。

そんなことを、ごちゃごちゃ考えつつ。
まぁ、どうだっていいか、そんなこと。
という結論が出ました。


日々是の拍手ボタン、何だかやたらと押してもらってるなぁ、と思ったら、お礼画面での画像がきちんと出てくるかどうか、確かめるために、自分で何度も押したんだった、と後から気がついた(笑)
| comments(0) | trackbacks(0) |つまりは、どうでもいいや、という結論 | category: 考察 |
# 本と線
小さい頃から、本に線を引くという作業が苦手でした。
国語の教科書とかで
「ここは○○を示しています。赤線を引いておきましょうね」
と先生に言われても、線を引くことを躊躇してました。
歴史の教科書とか、生物の教科書に、蛍光ペンで暗記するためにチェック、というのは、わりかし平気だったのに。

高校2年だったか3年のとき、現国で漱石の「こころ」を一冊丸々授業で取り上げたことがあります。
教師は、クラスを6つくらいに班分けし、演習方式で発表させる、ということをしました。
テキストは新潮社文庫の「こころ」
で、みんな、結構平気に、その文庫本にざっこざっこと線を引いて、書き込んで、ということをしていたんですよね…。
なんか、いやだったので私はやらなかった…。
なんか、クラスで浮いてた(笑)

大学の図書館で資料や、他の人の論を借りたりすると、大概、線が引かれてありました。
あれも何だかねぇ…。
読んでいる最中、何となく落ち着かない気分になるんですよね。
それと、個人の本ではなく、学校の物なんだから、やめてくださいよ、って言いたくなってました。
私自身で買った資料やら論文やらでも、本には線を引けなかったんですよね・・・。
必要な部分をコピーし、それに線を引くのは平気だったのに(笑)


古本屋で本を物色したり立ち読みしたりしていて、ごく稀に、所々線がひかれた本を見ると、そんなことを思い出したりします。

本日の題名、松本S...の有名作品のもじりっぽくなったことに今気がついた。
| comments(0) | trackbacks(0) |本と線 | category: 考察 |
# ちょい暗
「大人ニート」増加、というニュースを見て「自分のことか…自分は社会的にクズか…」と思ったが、既婚女性はニートには数えられないらしい。

んでもね。
わし、子供もおらんし、仕事もして無いし。
家事をきちんとやってるかっつーと、手は抜き放題だぜぃ。
これでも「主婦」いう肩書きが持てるんですぜぃ。
ひゃっほぅヽ(゚∀゚)ノ

……なんか、まじめに生きてる人に対して、本当申し訳ないくらい、不真面目かつ自堕落に生きてるよな…

いやいや、こんなんで今の日本を支えている一員かというと、自分が非常に情けないです。
今の日本をダメにしている一因、と言ったほうがしっくり来る己の存在。
それを自覚していても、変えようとしないってのが一番の問題なんすけどね(苦笑

んまぁ、ちょいと考え込んでしまっただけです。
自己嫌悪はいつものことです。
心配入りません(←「里見の謎」というクソゲーム中にあった変換ミス)

久々に根暗なことを長々と書きそうになってしまった。反省反省。
って十分長いか。
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